以下は論文:
町田英一,佐野精司,江川雅昭,弯曲爪に対する形状記憶合金プレートによる矯正治療,日本足の外科学会誌,1998
の図表を除く全文です。
弯曲爪に対する形状記憶合金プレートによる矯正治療
マチダエイイチ
町田英一1) 佐野精司1) 江川雅昭2)
1)日本大学整形外科 2)江川整形外科・形成外科(大阪市)
Key words: Incurvated nail(弯曲爪),shape memory alloy plate(形状記憶合金プレート), ingrown toenail(陥入爪), pincer nail(ピンサー・ネイル), trumpet nail(トランペット・ネイル)
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はじめに
弯曲爪は爪が横軸方向に強く弯曲した疾患であり、靴や布団に圧迫された時、入浴時に痛みがある。従来は爪の弯曲を改善するには手術が必要と思われていた3)。1995年に陥入爪、弯曲爪矯正治療用の形状記憶合金プレートが開発された4,)。(特許第2648735号)この方法は爪の成長にともない、緩徐に弯曲を改善する。形状記憶合金プレートを用いた弯曲爪に対する矯正治療の実際の方法、注意点、臨床成績について述べる。
対象
症例は18例32足、男8例、女10例、48歳から78歳、経過観察期間は6カ月から1年6カ月である。両足例では重度な側を評価の対象とした。4例(22%)は鏡検にて爪白癬が証明されており外用薬を併用している。
方法
外科用接着剤(アロンアルファA:三共製薬)で形状記憶合金プレート(多摩メディカル社)を母趾の爪に横に貼り、患者はヘアドライヤーで1日2-3回、約15秒間温める。このプレートは約45゚Cで平板に戻る。
プレートを貼る位置は原則として爪の近位とするが、爪の角が刺さって痛みがある場合には先端に貼る。母趾に圧迫が加わる先細りの靴を禁止し、少なくとも治療期間中はtoe boxに余裕のある靴を勧めて保存療法の助けとした。
結果
痛みがとれ、爪の形態も改善したのが12例(67%)、痛みがとれたのが6例(33%)、無効0例であり、手術を要した例は無かった。形状記憶合金プレートを爪に貼ってヘアー・ドライヤーで温めると小児の場合や、陥入爪の肉芽内の爪縁のように爪が軟らかい例では患者は形状記憶合金プレートが伸びて、疼く様な軽い痛みを感じる。一方、弯曲爪では一般に爪甲が硬いので特に変化は感じないが、軟部組織が挟み込まれているpincer nailでは痛みが即座に軽くなることがある。代表的な例では、この治療法を開始して1から2週間で痛みが減少する。痛みがとれたことに満足して治療を中止する患者さんも多い。一方、治療を中止すると約2週間で痛みが再発する例もあることから、形状記憶合金プレートの効果が確認される。治療を継続すると近位からしだいに弯曲が改善するのが観察される。例外として爪縁が折り畳まれている3例では爪縁が起きてきて、一時的に痛みが増した。この場合には、Cotton packingで爪廓への圧迫を減らして、この時期を過ごす。その後に弯曲がさらに改善されると痛みは消失する。
症例
症例1、52歳男性、Trumpet nail、足の爪は手指の爪よりも成長が遅く、1カ月に2-3mm伸び、約1年から1年半で入れ替わる。この例1年6カ月間治療したので、爪は1回生え変わったことになる。(図1)経過の写真を見ると、上段の中央の7カ月の爪は近位から広がっている事がわかる。(図2)つまりこの治療では、既にある爪の弯曲が改善されるのではなく、これから生えてくる爪が平らになる。
症例2 Pincer nail、この治療を開始すると2週間で痛みが消失した。(図3)途中で治療を止めると、1から2週間で痛みが再発することからも、形状記憶合金プレートによる除圧、除痛効果が明かである。
症例3、末節骨の小さい爪下外骨腫に伴うtrumpet nailでも矯正の効果が見られ痛みが消失する。(図4)爪下外骨腫切除も勧めたが痛みがなくなったので、そのまま経過観察している
。
症例4、片側が畳まれた形の弯曲爪でも痛みが減少し、爪の弯曲が改善される。(図5)
症例5、この例も片側が畳まれた形の弯曲爪である。しかし、改善にともない寝ていた爪の縁が起きてきたため治療開始から4カ月の頃に2週間くらいにわたり一時的に炎症、疼痛が生じた。(図6)この矯正治療では弯曲爪になってきた経過を逆にたどって治癒する。この患者は弯曲爪になった経過を覚えていたので痛みが増えても、形態を改善するための越えなければならないハードルであることを理解して、治療を継続している。
考察
弯曲爪の原因は不明であり、先天性か後天性かも明確ではない。今回の症例のうち1例は手指も弯曲爪であることから先天性も示唆される。しかし、他の症例はすべて陥入爪を繰り返して、中高年で発症していることから、原因は後天性と考える。
爪の形を決める要素についてParrinello(1995年)は爪と母趾末節骨の形態の関係を調査して、爪の近位の形は末節骨の形と関係があるが、爪の先端の形とは関連がないと述べている。著者も末節骨の形態との関係は爪下外骨腫以外はほとんど無いと考えている。
弯曲爪は中年女性に多く、過去にハイヒールを履き、爪を短く切る傾向から深爪をしている。14例(78%)は炎症の強い陥入爪を多数回経験している。陥入爪の治療として爪縁の部分切除を受け、約3カ月毎に繰り返していた。(図7)
著者は弯曲爪発症のメカニズムは以下であると考察する。指は屈筋腱に末節骨が引かれて屈曲し、歩行時には床反力が末節骨周囲の軟部組織を介して爪縁を押し上げる。(図8) 深爪をすると爪縁の上に軟部組織が押される。(図9,図10)弯曲爪が始まると、この力がさらに弯曲を強めてしまう。(図11)この一連の変化が弯曲爪の主な原因であると考える。今回の弯曲爪の4例(22%)には爪白癬が合併していた。爪白癬があると爪甲は脆くなり、普通に爪切りをしても深爪になり易い事が原因と思われた。
Rosenstein(1938年)、碓井(1982年)は爪の縁に糸を通し、毎日引くと爪の弯曲が変わる事を示した2,)。Fraser(1967年)は爪縁にワイヤーを掛ける方法を開発し、Orthonyx(nail brace technique)(ドイツ語Orthonixie)と名付けた1)。こうした矯正治療は現在もドイツのFupflege(フット・ケアー)により広く行われ、軽症例には有効である。
矯正治療具の問題点は爪と矯正具の接合方法、矯正力の維持の2点である。形状記憶合金プレートは常温では軟らかく、弯曲が強くても貼るのが簡単で、温めれば強い矯正力が回復する。良く形を合わせてから貼るのが重要である。一方、患者さんは長期間にわたり、毎日2-3回温めなければならないので、治療に協力的でない例には行えない。
このプレートは激しい肉芽を生じている時期の陥入爪に対しても使えるのが利点である。爪は爪母により作られ月に1-2mmずつ遠位に伸び、1年から1年半で入れ替わる。この治療は弯曲して存在する爪が改善するのではなく、爪母から生えてくる爪が徐々に改善する。
患者さんは早く治そうとして高温に温め過ぎることがある。熱いのを我慢してヘア・ドライヤーを長い時間あてるとプレートの回復力が強すぎて弾けるように剥がれてしまう。そのため過矯正による痛みも無く安全である。矯正は爪の成長速度に依存するので、温め過ぎても無駄であることを患者さんに良く説明する。
形状記憶合金プレートを弯曲爪、陥入爪に既に200例以上に用いているが金属アレルギー、爪の剥離などの副作用は無い。治療が困難だった例としては精神発育遅延がある患者でプレートをたびたび紛失してしまった。また1例はプレートに絆創膏を貼ったまま温めたために無効であった。この治療法について患者さんに良く理解してもらう必要がある。プレートが高価なこと、1から4週間ごとに通院を要し、6カ月から2年間かかることが欠点である。
靴の指導:外反母趾用と称してEEEなど幅広の靴が市販されており弯曲爪、陥入爪に対しても先の細い靴に比べて良い。しかし中足骨遠位部だけでなく靴の先が丸くtoe boxが広い事が重要である。またスリッポンシューズではなく、靴の前後の制動を抑えるために紐靴が良い。また、夏にはサンダルが良い。意外に思えるが大きすぎる靴、スリッパは中で足が動いて爪に圧迫が加わるので良くない。
まとめ
弯曲爪の痛みは、弯曲の強さには関係なく、弯曲が悪化しつつある時に強い。形状記憶合金プレートによる治療では開始から1-2週間で痛みが減少し、さらに数カ月以上続ければ爪の成長に伴い、爪の近位から形が改善する。
文献
1)Baran,R.,RPR.Dawber,Diseases of the Nails and their Management.2nd ed.,Blackwell scientific publications. Oxford,1994
2)Hellmat Ruck,Das Buch Der Fupflege,Verlag Hellmat Ruck,pp146-169,Schnberg, Germany,1990
3)児島忠雄,後藤昌子,二宮邦稔,巻き爪(彎曲爪)の手術,外科治療,67,453-456,1992
4)町田英一ほか:形状記憶合金プレートによる陥入爪の保存療法、日整会誌,70,S463,1996
5)町田英一ほか:陥入爪に対するコットン・パッキングと形状記憶合金プレートによる矯正治療.靴の医学会,10,56-60,1996
6)Parrinello,J.P.,Japour,C.J.,Dykyj,D.,Incuvated nail. Does the phalanx determine nail plate shape?,J.American Podiatric Medical Association.85,696-698,1995
7)碓井良弘,Ingrown toe-nailに対するわれわれの治療法,形成外科,25,401-409,1982
図の説明
図1 症例1、52歳男性、Trumpet nail
図2 症例1の経過、上段の中央の7カ月の爪は近位から広がっている。
図3 症例2、Pincer nail
図4 症例3、小さい爪下外骨腫に伴うtrumpet nailでも矯正の効果は見られる。
図5 症例4、片側が畳まれた形の弯曲爪
図6 症例5、片側が畳まれた形の弯曲爪:弯曲の改善に伴い寝ていた爪の縁が起きてきたため治療開始から4カ月の頃に2週間くらいにわたり一時的に炎症、疼痛が生じた。
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