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以下は論文: 町田英一,佐野精司,中本譲,強剛母趾に対する関節唇切除術(cheilectomy),日本足の外科学会誌,17,145-149,1996
の図表を除く全文です。
強剛母趾に対する関節唇切除術(cheilectomy)
Cheilectomy for hallux rigidus.
町田英一*, 佐野精司*, 中本譲**
Key words : hallux rigidus(強剛母趾), cheilectomy(関節唇切除術)
Eiichi Machida, Seiji Sano,  Yuzuru Nakamoto
*日本大学整形外科(Department of Ortho- paedic Surgery, Nihon University)
**高田馬場病院(Takadano-baba Hospital)
本論文の要旨は1995年6月24日第20回日本足の外科学会(北九州市)にて発表した.
連絡先: 町田英一
〒173板橋区大谷口上町30-1日本大学整形外科
Tel.03-3972-8111, Fax.03-3972-4824

要 旨
44歳から77歳の中高年の女性の強剛母趾 (hallux rigidus)の4例に対し関節唇切除術(cheilectomy) を行い良好な結果を得た.本症は欧米では一般的な疾患であるが,本邦での報告は少ない.そのためか,外反母趾と誤診されて診断確定が遅れている例が目立った.外反母趾では,靴を履いた時の痛みが強いが,強剛母趾では靴を履かない時でも母趾MTP 関節を背屈すれば痛みがある.術中所見では,X線写真で想像されるよりはるかに重度な関節軟骨の破壊が見られた.そこで,早期に診断し,高度の変形性関節症を生じないうちに関節唇切除術を行うべきだと思われた.

はじめに
 強剛母趾は変形性関節症に進展する関節症であり,母趾MTP 関節の背屈により同部に強い疼痛を生じる(図1). 欧米ではDavies-Colley(1887年)以来数多くの報告があるが,本邦での報告は少ない1).本症の治療,特に関節唇切除術の適応と術式について検討する.

対象と方法
 症例は44歳から77歳の女性4例である.激しいスポーツや母趾の捻挫などの外傷の既往のある例は無い.症状の発現から手術までの期間は8 から36カ月,平均17カ月である.どの例も母趾MTP 関節背屈時の痛みが強く,歩行に支障があった.背屈角度は10から20度,平均15度である.側面立位X線像では,背側に軟骨性と思われる隆起を認めた.Hattrup のX線評価では症例2 のみがgrade (II)(moderate), 他は grade (I)(mild)である.症例1 は同側,症例4 は反対の足に外反母趾があったが,それ以外の慢性関節リウマチや痛風などの合併症は無い(表1).

 関節唇切除術を行ったのはglind test陰性の軽,中等症の例である.glind testはMTP 関節に長軸方向の圧迫を加えて回旋し,痛みを誘発するテストである(図2).glind test陽性の例では,X線上の関節破壊が著明であった.このような例には関節固定術を行っており,関節唇切除術の適応は無いと考えている.
関節唇切除術の術式は,背側から長軸切開で侵入し,長母趾伸筋腱を縦に割り,関節に達する.骨棘の切除は術中にMTP 関節の背屈が70度位に改善するまで,つまり骨棘の衝突(impingement) が無くなるまで行う.関節面の切除は最小限に止める.

結 果
 術後経過観察期間は6カ月から3年間である.全例疼痛無く背屈可能となった.3例は3週間以内に痛みが劇的に減少したが,1例は疼痛が軽くなるまでに6カ月間を要した(図3). その後は全例とも関節の変形は進んでいない.

症 例
 症例2, 52歳女性,特に外傷などの誘因無く,3年前から歩行時痛があり,増悪した. 他院では,軽度の外反母趾として放置された.右趾MTP 関節背側に骨隆起を触れ,軽度の圧痛がある.X線前後像では,左足,健側の第1 中足骨頭は関節面が平坦な印象を受ける.右足,患側は内側への骨隆起が著明で,関節裂隙が狭い.また外反母趾角30度の外反母趾も伴っている(図4).
側面X線では,MTP 関節背側に軟骨性隆起を思わせる骨棘を認める.手術所見では,MTP 関節の中足骨背側に大きい骨棘を認めた.関節面は軟骨が摩耗して軟骨下骨が露出していた. 60度の背屈が可能になるまで 気動式または電動式マイク・ソーを用いて骨棘を切除した.X線写真上の術後の変化はごくわずかである(図5).
 術後は外固定を2週間行った.術後3週間で背屈が可能となり,痛みはほぼ消失した.術後10カ月の現在,つま先立ち時に疼痛があるが,日常生活に痛みはない(図6).

 症例4 は左足の強剛母趾に対し関節唇切除術を施行し,同時に右足の外反母趾に対し遠位chevron 骨切り術を行った.強剛母趾の左足と比べて,外反母趾の右足は明らかに開張足で,前足部の幅が広がっている(図7).

考 察
強剛母趾は1887年にDavies-Colleyがhallux flexusとして初めて記載した.翌年,1888年にはCotterill が"Stiffness of the great toe in adolescence."としてhallux rigidus と呼び,英語圏では現在この名称が用いられている6).その他,metatarsus primus elevatus(Kesdel and Bonney 1958), hallux limitus, hallux dolorosus, metatarsus non-extensus, dorsal bunion, winkle-picker diseaseとも呼ばれる.

 病因について,McMasterは7 例の手術所見および病理組織所見から,外傷による軟骨下骨の欠損が原因であると推察している7).また,X線前後像で強剛母趾では,中足骨頭が角張って(flat metatarsal head), 外反母趾になり易い丸みのある例(round metatarsal head) と対照的との指摘がある4)。 我々の症例4 は強剛母趾と外反母趾が合併していたが,中足骨頭は左右とも角張っていた.
 性別では我々の症例は全例女性であり,欧米でも女性がやや多いと報告されている.我々の例では,外反母趾と誤診され,本症の診断が遅れた例が2例あった.外反母趾では,靴を履いた時の痛みが強いが,強剛母趾では靴を履かない時でも母趾MTP 関節を背屈すれば痛みがある.患者は歩行周期のtoe  off の時に痛むので,それを避けて歩く.

 HattrupはX線所見を軽症,中等度,重症に分けてgrade(I),(II),(III) と呼んでいる3).初期の変化は主に軟骨性の隆起であるため見過ごされ易く,その後二次性の変形性関節症に進展する.
 治療は,一般には背屈を防ぐ靴による保存療法が行われる.つまり踵が低く底が硬い靴やrocker- bottom(舟底型)の靴による治療が記載されている.しかし,欧米と異なり,日本では室内での靴による装具療法は困難である.またこのような保存療法に固執すると関節唇切除術の時期を逸して重度の変形性関節症への進展を許してしまう危惧もある.このような理由で筆者は本症の保存療法に対しては懐疑的である.

 手術はKellerの関節切除,関節固定,中足骨遠位の骨切り術,関節唇切除術, そして関節置換術が報告されている.関節固定術は可動域は犠牲になるが確実に痛みがとれる事から,重症例,特にglind testが陽性の例では適応になると考える.関節固定術については,本邦では田中らが報告している9). 田中らの症例は平均64歳と高齢であり,多くのものが症状発現から手術までの罹病期間が長い重症例のため,同術式をとったと思われる.関節切除術も活動性の低い高齢者では適応になると報告されているが,筆者は経験がない.

強剛母趾に対する関節唇切除術はDuVries が初めて記載した2).関節唇切除術の成績は過去には不良と報告されているが1),近年はHattrup やMannが軽症例に対し有効であると報告している.Hattrupは関節唇切除術の効果について58例を検討し,成績不良例はgrade (I)では15%であるのに対しgrade (II)では37.5%であると述べている3).つまり,疾患の理解が進み軽症例に対しても手術を行うようになったために,関節唇切除術の成績が向上したと考えられる.
我々の経験でも,手術時に見られた軟骨の損傷はX線所見から考えるよりも明らかにひどかった(図8).これについてはMann,Coughlinも同様の意見を述べている.

 関節唇切除術では,その切除量に関しても議論がある.Mannは骨棘と供に中足骨骨頭の1/4から1/3を切除すると記載している6).筆者は切除の量は疾患の進行度に応じて決めるべきだと考える.症例1,2は軽症例でほとんど骨棘の切除(exostectomy)のみで良い結果を得ている.その意味でも早期の診断確定が重要であり,痛みが強ければ関節症性変化が進行性であるので,X線所見が軽い事に惑わされず関節唇切除術を行うべきであると考えている.
 なお,当然のことながらgrade III の重症例でも関節唇切除術である程度の改善は期待できる.関節切除,関節固定やインプラントによる関節置換術を考える前に侵襲の少ない 関節唇切除術で様子を見ても良いのではないかとの考えもあろうが筆者には経験が無く,また欧米でも報告は限られている.

ま と め
 軽症の強剛母趾4例に対し関節唇切除術を行い短期成績は良好である.本邦での報告は少ないが,早期診断が重要であると考える.

文献
1)Bonney,G.et al.: Hallux valgus and hallux rigidus. J. Bone Joint Surg.,34-B:366-385,1952.

2)DuVries,H.L.:Surgery of the Foot,pp392-399,St.Louis C.V.Mosby,1959.

3)Hattrup,S.J.et al.:Subjective results of hallux rigidus following treatment with cheilectomy.,Clin.Orthop.,226:182- 191,1988.

4)Karasick,D.et al: Hallux rigidus deformity : radiologic assessment.,Am. J. Roentgenol.,157:1029-1033,1991.

5)Mann,R.A.et al.:Hallux rigidus, A re- view of the literature and a method of treatment.,Clin.Orthop.,142:57-63,1979.

6)Mann,R.A.et al.:Hallux rigidus:Treat- ment by cheilectomy.,J. Bone Joint Surg.,70-A:400-406,1988.

7)McMaster MJ:The pathogenesis of hallux rigidus.,J. Bone Joint Surg.,60-B:82-87, 1978.

8)Moberg E:A simple operation for hallux rigidus.,Clin.Orthop.,142:55-56,1979.

9)田中康仁ほか:強剛母趾に対する母趾中足指節関節固定術の経験,別冊整形外科,25:295-298,1994.

図の説明
図1:強剛母趾に対する関節唇切除術(cheilectomy)
図2:glind test:MTP 関節に長軸方向の圧迫を加えて回旋し,痛みを誘発するテスト.
図3:関節唇切除術後の母趾MTP 関節背屈角度の改善:3例は術後3週間で背屈時の痛みは減少した.1例は疼痛が軽くなるまでに6カ月間を要した.
図4:症例2:A)X線前後像では左足,健側の第1 中足骨頭は関節面が平坦な印象を受ける.B)右足,患側は内側への骨隆起が著明で,関節裂隙が狭い,また外反母趾角30度の外反母趾も伴っている.
図5:症例2:A)術前X線ではMTP 関節背側に軟骨性骨隆起が示唆される.B)術後X線写真上の変化はごくわずかである.
図6:症例1: 術前は背屈により強い痛みがあったが,3週間で軽減し,6カ月では通常の歩容が得られている.
図7:症例4: 77歳女性:右足の外反母趾に対し遠位chevron 骨切り術を行い,左足の強剛母趾に対し関節唇切除術を施行した.右足は明らかに開張足であり前足部の幅が広がっている.
図8:症例1: 手術所見で軟骨の損傷はX線写真から考えられるよりも明らかにひどかった.


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